Vol.17
全身の健康は歯の健康からです。肥満や生活習慣病の予防のためには、いろんな食べ物をバランスよく食べることが重要です。そして、なんでもよく噛んで食べるためには、健康な歯が欠かせません。自分の歯で何でも噛めるということは、食生活を豊かにすると同時に、健康の維持・増進、病気の予防にもつながっていきます。
歯の役割
歯には以下の役割があります。
- 食べ物を噛み砕く。
- 発音を助ける。
- 顔の形を整え、美しい表情を作る。
- 歯ごたえを楽しみ、味覚を豊かに保つ。
歯は、私たちの健康と深く関わっています。歯や歯肉が健康で、ものがよくかめれば、胃や腸に負担をかけずに、全身に栄養をいきわたらせることができます。
また、会話がスムーズにできるのも、歯がそろっていて、はっきりと発音できるおかげです。このほか、歯ざわりや歯ごたえを楽しみ、味覚を豊かに保つ、美しい表情をつくるなど、歯の働きはさまざまで、健康的な生活をするうえで欠かせないものばかりです。
歯を失う原因
医学の進歩により近年平均寿命は延びています。しかし歯の寿命はそれに追いついていません。歯を失う原因は大きく2つ。
1.歯周病
歯と歯ぐき(歯肉)のすきま(歯周ポケット)から侵入した細菌が、歯肉に炎症を引き起こし、さらには歯を支える骨(歯槽骨)を溶かしてグラグラにさせてしまう病気を歯周病といいます。むし歯と異なり痛みが出ないことの方が多いのですが、気づかないうちに進行し歯肉からの出血などが起こった後、歯が自然に抜け落ちるほど重症になることがあります。
〇サイレントディジーズ
糖尿病、高血圧症、心臓病といった生活習慣病に共通しているのは、初期段階では本人にあまり自覚症状がないことです。このような病気のことを、「サイレントディジーズ」と呼んでいます。生活習慣病のひとつである歯周病もそのひとつ。気がついたときには、かなり進行しているケースが多いのです。
〇 他の病気との関連性
歯周病は単なる口の病気ではありません。最近、さまざまな研究により、歯周病と全身の健康との関係がつぎつぎにわかってきました。たとえば、糖尿病の人には歯周病になっている人が多く、また歯周病が治りにくいという報告があります。歯周病と心臓病・肺炎・低体重児出産・骨粗しょう症などとの関連も指摘されています。
○歯周病が進行すると
成人の80%前後が歯周病になっているにもかかわらず、自分がそうだとわかっている人、あるいは自分が歯周病のどのレベルであるのか知っている人は、意外に少ないようです。
それでは歯周病の進行度を追ってみましょう。
「歯肉炎」という歯茎の炎症から始まり、悪化すると「歯周炎」という状態に移行していきます。
歯肉炎では歯茎が赤く腫れたり、歯磨きの時に出血したりします。歯茎の炎症で粘膜が敏感になっていますので、歯茎がヒリヒリと痛む場合や、歯ブラシが当たる際に痛む場合があります。
歯周炎になると、歯を支えている骨が溶かされていき、適切に治療を行わなければ、軽度歯周炎→中等度歯周炎→重度歯周炎というように徐々に進行していきます。
・軽度歯周炎
歯茎は赤く腫れた状態で、簡単に出血しやすい状態が続きます。それに加え、歯を支えている骨が破壊されてくるので、歯茎も下がり始めます。それによって冷たいもので歯がしみやすくなる「知覚過敏」を起こしたり、ものが詰まりやすくなったり、歯が長く見えたりするようになります。
・中度歯周炎
歯周ポケットはさらに深くなり、口臭の悪化、膿の排出、歯のぐらつきなどが現れてきます。
・重度歯周炎
歯周ポケットがかなり深くなり、中に膿が溜まって歯茎が大きく腫れ、強い痛みを出すことがあります。歯のぐらつきもひどくなり、物をしっかりと噛むことができなくなるため、食事にも支障が現れてきます。放置しておくと、歯が自然脱落することもあります。
○予防と対策
前述しましたが、歯周病の原因は歯と歯ぐきの間にたまった歯垢の中にいる歯周病菌。これが歯を支える組織を破壊し、歯槽骨を溶かしていきます。 そのままにしておくと歯が抜けてしまうことに繋がります。
歯周病の対策には、ブラッシングによるお口の中の清掃(プラークコントロール)により歯周病の原因であるプラークや歯周病菌を取り除くことが必要です。また、ブラッシングだけではみがきにくい奥歯や歯間部のプラークには、デンタルフロスや歯間ブラシ、液体ハミガキや洗口液の使用が有効です。
予防として生活習慣も重要な危険因子なので、タバコを吸う、疲労やストレスをためる、よく噛まずに食べる、間食が多い、つい夜ふかしをしてしまうということが続かないように気をつけましょう。さらに、歯周病は全身状態とも深い関係がありますので、歯周病と全身状態の両方をうまくコントロールしていくことも大切です。
2.う蝕(虫歯)
う蝕は、食べたり飲んだりした糖分を餌にして、口の中にいる細菌が作り出した酸によって、歯質(エナメル質と象牙質)が溶けた状態のことを言います。初期には痛みなどの症状はありませんが、進行すると痛みが出るだけでなく、冷たいものや温かいものがしみるといった症状が現れたり、痛みを感じることがあります。さらに、歯の内部の神経にまで進行すると、非常に強い痛みが出るようになり、歯だけではなく全身にう蝕の細菌感染が広がることもあります。
○う蝕の分類
・初期う蝕
エナメル質表面のみのう蝕であれば、まだ十分に治る余地があります。「初期う蝕」の状態であれば、削る必要さえありません。フッ化物配合歯磨剤を使用した歯磨きなどのプラークコントロール(歯垢の除去を行うこと)によって、唾液の力で歯が再生されます。
・C1(う蝕第1度)
初期う蝕よりも少しだけ進行した状態です。この場合は、再生を期待した経過観察か、感染した部分だけを削って詰め物をすることもあります。 エナメル質がう蝕になると、歯の表面が白色や茶褐色に着色します。痛みを感じないので、よく観察しないと発見は難しい状態です。この段階で治療などを行わずに放置すると、エナメル質の下の象牙質へ進行していきます。
・C2(う蝕第2度)
この段階になると、う蝕は象牙質に達します。象牙質は痛みを感じるので、う蝕に気付く人も多くなります。歯の表面に穴があく場合もありますが、穴の大きさだけでう蝕の進行度を判断することはできません。小さな穴でも、内部でう蝕が大きく広がっている場合が多くあります。 この状態でさらに放置すると、象牙質の内部の歯髄に進行していきます。
・C3(う蝕第3度)
歯髄にう蝕の原因菌が感染を起こし、歯に強い痛みが出てきます。歯髄は神経 ですから、痛み、および細菌感染を起こした歯髄を除去するために、歯髄を取り除く治療(抜髄)が必要になります。 この状態で放置すると、歯髄がはたらかなくなり、あまり痛みを感じなくなります。
・C4(う蝕第4度)
進行したう蝕は自然治癒することはなく、さらに進行します。歯質(エナメル質と象牙質)が溶けて歯根だけになった状態を言い、抜歯を検討することになります。
○う蝕の予防
う蝕の予防には口腔内を清潔に保つための歯磨きが有効です。歯ブラシによる歯磨きに加え、歯間ブラシやデンタルフロスを使用して歯と歯の間の汚れを取り除くことも重要になります。
歯科医院で自分に適した器具や磨き方のチェックを受けることも必要かと思います。また、むし歯の原因となる甘いものを摂り過ぎないこと、間食を少なくすることも有効です。
ただし人によって口内に常在する細菌の種類や数が異なるため、むし歯になりにくい人もいれば、むし歯になりやすい人もいます。自覚症状がなくても定期的に歯科医院に通い、歯の状態の確認とメンテナンスを受けることが大切になります。
8020運動
○8020運動とは
1989年(平成元年)より厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動です。
20本以上の歯があれば、食生活にほぼ満足することができると言われています。そのため、「生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえるように」との願いを込めてこの運動が始まりました。
○歯の本数の数え方
☆乳歯
生後4~6か月ごろから乳歯が生え始め、遅くとも3歳頃までに生え揃い、全部で20本になります。
☆永久歯
6歳頃から永久歯が生え始め、15歳頃までに永久歯に生え変わります。
永久歯は、親知らず4本を含めて全て生え揃うと32本になりますが、親知らずは生えなかったり、抜いてしまう場合もあるため、歯の本数は人により28本~32本となります。
○8020運動のあゆみ
8020運動が1989年に始まってから10%にも満たなかった8020達成者が、2016年の調査で50%(2人に1人)になりました。次は2022年に向けて、達成者を60%にする新たな目標が掲げられています。
個人の保健行動について、8020運動が開始された当時と現在30年が経ってからの状況を比較してみると、
- 1日3回以上、歯をみがく者が倍以上に増加
- デンタルフロスや歯間ブラシ等の補助的な清掃用具の使用者が増加
- 定期歯科健診を受診する人が増加
- フッ化物配合歯みがきのシェアが増加
- 年間砂糖消費量の減少
があります。
いわゆるむし歯予防や歯周疾患の進行を抑えるよう努力をする人が増えその結果、歯を失う人が減ったのではないかと考えられます。
最近では、成人の歯周疾患検診や後期高齢者の歯科健診が行われるようになり、歯の健康を保つための試みが行政などでも行われるようになってきました。
○これからの8020運動
厚生労働省が実施している「国民生活基礎調査」では3年に1回、国民の健康に関連する事項についても調査が行われています。歯科関係では「歯が痛い」、「歯ぐきのはれ・出血」、「かみにくい」の3項目が調査されていますが、このうち「かみにくい」との訴えを示す者は、高齢になると増え、75歳以上の後期高齢者の場合、50代前半の人の6倍以上となっています。「かみにくい」と訴えている人を減らしていくことが、歯科口腔保健の課題のひとつとなります。
そのためには歯の喪失をさらに減らし、残っている歯の噛み合わせを良くしながら、歯のケアを進めていくことが必要となります。
また歯周ポケット4mm以上の者が、高齢になるに従い増える状況が示されています。歯科治療の受診に影響する歯石沈着状況を調べてみると、歯石沈着のある人は約4割となっており、このうち、おおむね半数程度は歯肉出血を伴っています。重症化予防を進めていく上では、さらに定期的な歯科治療を普及していくこと等が必要になると考えられます。
健康寿命を延伸させることが政策目標となり、これに伴い、歯周疾患検診を実施する市町村が約7割に急増するなどの動きが認められるようになりました。
また、事業所においても、雇用保険の制度を活用して、法律で定められていない健診(歯科健診も含まれる)を実施する場合、助成金が支給されるシステムが導入され、企業の健康経営を後押ししています。さらに2017年には、フッ化物配合濃度が高いの歯みがき剤が発売されるようになり、むし歯の予防が進むと期待されています。
このほか、生涯歯科健診の実施や口腔機能を重視する動きも認められ、成人や高齢者等に対する歯の健康保持についての試みが数多くなされるようになってきました。今後、成人や高齢者等を含め生涯を通じての歯科保健サービスが提供されやすいようになってくると考えられます。
もちろん、様々な製品が提供されたり、歯科医師や歯科衛生士が努力するのも必要ですが、最終的には、一人ひとりのセルフケアが求められます。
今回の内容は薬局とは少し離れた分野ですが、「歯」について紹介させていただきました。
8020運動の他にも60歳で24本以上の歯を維持するという目標もあります。6歳で生え変わった後は歯は一生ものです。まだ若いからと過信するのではなく、ご自身でケアを心がけ、将来の健康維持に向けて、さっそく歯科医院に予約を入れてみませんか?
参考文献
8020推進財団 https://www.8020zaidan.or.jp/index.html
全国健康保険協会 https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g5/cat450/sb4501/p008/
花王 https://www.kao.co.jp/clearclean/oralcare/basic/01/
(当薬局グループ歯科衛生士監修)